慰霊大祭
6月4日 | 宵宮祭(合祀祭) | 午後6時 |
6月5日 | 慰霊大祭 | 午前10時 |
6月6日 | 後日祭 | 午前10時 |
北海道護国神社慰霊大祭は、6月4日から6日の3日間に亘って厳粛且つ盛大に執り行われます。
6月初めの北海道旭川市は、ちょうど晩春から初夏に移る季節で、青草が萌え出で樹々は新芽を膨らませる絶好の季節で御座います。当日の神社大鳥居の参道両側には、露店も出店してお祭り気分を盛り上げます。
浦安の舞
神楽舞の中で歌われる詞は、昭和8年の昭和天皇御製です。
『天地の 神にぞ祈る 朝なぎの 海のごとくに 波たたぬ世を』
平和を祈る気持ちが、歌に込められております。
雅楽演奏会(上川雅楽会)
上川雅楽会は、上川・空知・留萌管内の神職を中心として平成9年に発足した雅楽愛好団体です。
雅楽は演奏の形態により三管両絃三鼓によって演奏する「管絃」と、音楽と共に舞を舞う「舞楽」があります。
舞楽「陪臚」
舞楽「陪臚」は、聖武天皇の天平8年に林邑の僧仏哲によって我が国に伝えられた林邑八楽(りんゆうはちがく)の一つで、太刀、鉾、楯を用いる勇壮かつ華やかな4人舞です。
舞楽「陵王」
中国北斉の羅陵王長恭は顔立ちが美しく戦場での味方の士気が上がらなかったので、戦場に赴く際はいつも勇猛な面をつけて兵を指揮し、勝利を収めたその様を表現した雄々しく勇壮な舞です。
御神乗太鼓
石川県は能登に於ける無形文化財として400年に渡り門外不出とされてきた「御陣乗太鼓」が、奇しくも当神社に於いて伝授の許しを得て、その名を「御神乗太鼓」と変え、奉納されております。
面を付けた何人もの打ち手が一つの太鼓を交代しながら打ち込みます。勇壮にして迫力ある御神乗太鼓をぜひ御覧下さい。
~御陣乗太鼓の歴史と旭川に伝承されるに至った経緯~
御陣乗太鼓は、1576年に上杉謙信が当時の名舟村(現在の輪島市)を攻め込んだ際、 武器を持たない村人が、古老の教えに沿いケヤキの皮で妖気迫るお面を作り、海草で飾った髪を振り乱しながら、太鼓を打ち鳴らして陣中に夜襲をかけ、上杉勢を退散させたという言い伝えに基づく、石川県を代表する郷土芸能の一つ。
この400年以上の長きに渡り門外不出だった御陣乗太鼓を旭川で指導、伝授するきっかけとなったのは、平成2年に旭川市開基百年記念事業として実施された『日本のまつり・旭川』に御陣乗太鼓が出場したことから。勇壮な郷土の太鼓に感動した旭川観光協会並びに石川県人会メンバーらから、これを習い旭川で打ちたいとの声が上がり、石川県人会旭川支部支部長らが同県を通じて指導を依頼し、実現の運びとなった。
平成8年護国神社慰霊大祭より御神乗太鼓と名を変え、はじめて披露される。
護国まつりばやし
(日本ボーイスカウト旭川第12団他)
神門前に華麗な山車を据えて、子供たちが元気な掛け声と共に笛太鼓を鳴らし、参拝者の耳目を楽しませてくれます。
演目は「門治太鼓」「豊年太鼓」「大漁太鼓」「獅子太鼓」です。
その他の奉納行事
6月5日の慰霊大祭第1日目にはこの他、慰霊茶会、相撲大会、剣道、銃剣道、戸山流居合道の演武、弓道(※花咲スポーツ公園内「誠心館」)等、様々な奉納行事が境内で執り行われております。